令和7年10月のご挨拶

坊守の葬儀について(御礼)

 この度の坊守の還浄は、即得寺並びに川那邉家にとりまして大きな悲しみです。坊守は3度目の移植を受けるため1月末から入院し、2月に移植をしていただきました。その後、3月には一時危篤となりましたがそれもどうにか乗り越え、8月1日には退院することができ、家族に囲まれながらの毎日を喜んでおりました。週に1度は大津赤十字病院への通院があり、片道1時間15分程度の通院時間が私にとっては、大切な時間でもあり、楽しいドライブでもありました。

 22日の朝、坊守の身体が少し熱っぽいと感じ、体温を測ると37.4℃で本人は「病院ではこのくらいの熱は出ていたから心配はない」というのでしばらく様子を見ていました。その後、再び体温を測ると39.0℃あり、すぐに病院に連絡を取り、検査の結果は肺炎と診断され入院となりました。適切に処置していただき、一旦は落ち着いた状態であったため、夜の8時過ぎに病院を後にして帰宅しました。帰宅後安心していたところ、夜の11時過ぎに病院からの呼び出しがあり、娘や妹に連絡を行い病院へ向かいました。9月23日午前4時前に坊守は、家族のお念仏の声に包まれ、静かに息を引き取りました。

 9月23日は秋の彼岸の中日で、即得寺では午前10時から彼岸会を勤めることになっており、予定通りお勤めをいたしました。参詣されたご門徒にはいち早く坊守の還浄をお知らせいたしました。

 坊守が著した3冊目の冊子の〈応病与薬〉の項には、「ありがとうございます。」とは南無阿弥陀仏のことでありました。「ごめんなさい。」とは南無阿弥陀仏のことでありました。「私。」とは南無阿弥陀仏のことでありました。と記してくれています。3冊目の冊子は「『ありがとう』と言いたくて」というタイトルです。坊守にとっては家族やご門徒の皆様、友人や病院でお世話になったすべての人に、心から「ありがとう」を伝えたかったのだと思います。冊子の最後には「『ありがとう』と言うことができること、これが生きる喜びである。」と結んでくれています。

 この度の坊守の通夜(9月25日)・葬儀(9月26日)につきまして、門徒総代様、世話方様、女性世話方様はじめ、ご門徒の皆様には、それぞれご予定のある中、準備から当日の業務に至るまでご協力を頂き深く感謝申し上げます。また、通夜・葬儀とも遠近を問わず、ご門徒の皆様、寺院関係、坊守会の皆様、友人の方々など数多くの方にご会葬いただき感謝の心で一杯です。本堂・境内一杯の正信偈の声で送って頂き、改めてお念仏のはたらきの大きさに出遇わせて頂きました。

 私や家族に対しましても温かいお声を掛けて頂き、ご門徒の皆様のお心を頂戴させてもらっております。お一人おひとりに御礼を申し上げる処ですが、書中をもちまして御礼申し上げます。