令和4年9月のご挨拶

「基準」

朝夕は幾分涼しさを感じる季節となりました。皆様はいかがお過ごしのことでしょうか。

 先日、中村石材さんに境内の灯籠の修復をお願いしました。私(住職)がこのお寺に入ったときから気になっていたのですが、二基ある灯籠の北側が地盤の関係で沈んでおり、少し北側に傾いていました。今回の修復は江戸時代以来のことではないかと思っています。

 さて、8月22日より石材店の職人さんに入っていただき、工事をしていただきました。その時感じたことは、職人さんというのはすごいなぁということです。北側・南側の二基の灯籠を測量し、黄色の工事用の糸を何本か張り、現在の灯籠の位置を正確に記録されていました。その結果、北側の灯籠は南側の灯籠に対して東側に7cmずれていることが判明しました。40年間見ている灯籠は傾いていることは分かっていましたが、位置そのものがずれているとは考えもしませんでした。

 傾きは、長年の地盤の変化によるものですが、そもそも左右が対称に設置されていると考えていた位置が異なっているとは疑いもしませんでした。測量を行い、参道からの距離や本堂を起点とした距離を割り出していただくと、確かにずれているのです。

 基準とは面白いもので、左右の灯籠がずれていると考えたとき、北側を基準にすれば南側がずれていることになります。南側を基準にすればその逆が言えます。本堂を基準にすれば前後左右についての誤差が割り出されます。今回は左右の灯籠の高さも一致するように修復していただきました。

 私達の生活に於いても、基準は大切なものです。何を基準にして生活をしているか。左右の灯籠だけを比べているときには、どちらかを基準にした場合はもう一方が異なっていることになります。工事用の黄色の糸を張り渡すと、なるほど位置がずれていたのかと納得するのです。

 仏法を頂くということは、私が立っている位置を確認するということではないでしょうか。自分はいつだって正しいと思い込んでいたことが、お念仏という黄色い工事用の糸を張り巡らせると、突出していたのは私であったと気付かされるのです。

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     (修復前)         (修復後)