「開けて悔しき玉手箱」
お彼岸が過ぎて、ずいぶん秋らしくなりました。よく言われることですが「暑さ寒さも彼岸まで」のとおり、あれほど暑かった毎日を忘れてしまいます。皆様はいかがお過ごしのことでしょう。さて、今年のシルバ-ウィ-クはどのように過ごされましたか。あいにく台風の影響ですっきりしない天気でした。全国各地で洪水の被害を受けられた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
9月21日に「敬老の日」を迎えました。当日はテレビや新聞で高齢者の話題が取り上げられていました。その中で私が関心を持ったのは、高齢者は過去最多の3624万人で全人口の約3割に当たり、年々増加していること、また100歳以上の人口についても、2026年9月1日時点で10万7,677人となり、記録を採り始めて以来初めて10万人を突破したことです。世界的に見ても日本は長寿国で、これからも高齢者に関する数字は当分減少することはないとのことです。
先日、当寺の彼岸会に東京の百々海真先生に来て頂き、御法話を頂きました。『お坊さんと読むお伽話』(東本願寺出版)の解説を書かれたご縁から、その本の内容についてご紹介くださいました。
浦島太郎の歌には、『開けて悔しき玉手箱』(第5節)という言葉があります。そのことについて、本には次のように記されています。「もちろん玉手箱から白い煙が出たためにお爺さんになったのではありません。気が付いたら年を取っていたということです。あまり楽しいので『月日のたつのも夢の中』という生活を送っていたということなんです。そして気が付いた時にはもう後戻りのできない、やり直しがきかない人生の終点に来ていたというのです。(中略)浦島太郎はいつまでも若いつもりで生きていたのですが、現実の自分の姿を見て”こんな年寄りになったか”とはじめて我に帰ったわけです。『帰る途中の楽しみは 土産に貰った玉手箱』(第3節)と歌にはありますが、その玉手箱の中には何もなかったということは、一生懸命苦労して貯めたお金も間に合わない、築いた名誉も地位も間に合わない、子供も頼りにならないということなんです。(中略)言葉をかえていえば、無意味の、むなしい一生だったということです。『開けて悔しき玉手箱』というのは、”こんなはずではなかった”ということです。このむなしさに気づくことが人間の目覚めに必須の条件なのです。」と書かれていました。
あと何年生きることができるかということも大切ですが、何のために生きるのか、何のために生まれてきたのかという問いに出遇うことこそ大切であると思います。赤禰貞子さんに詩です。
「教えにあうことなしに生きた百年よりも、教えにあって生きた一日が尊い」