1月25日・26日の寒波で高島地方も大雪になりました。26日は早朝より総代さん5名の方が雪かきに出て下さり、本堂前の参道と駐車場を除雪して下さいました。しかし今回の雪は日中でも降り続いているため、せっかく開けて頂いた参道も雪で埋まっています。写真は雪化粧した本堂です。今回の寒波では日本全国を雪ですっぽり包んでしまったようです。皆さんの地域ではどうですか。雪で転倒などされないようにお気を付け下さい。
「お知らせ」カテゴリーアーカイブ
報恩講が勤まりました
報恩講の準備ができました
同朋会一日研修旅行に行ってきました
平成29年8月のご挨拶
「父の御命日を迎えて」
昨年の8月に私の実父が還浄し、一年が過ぎました。振り返ってみるともう一年がたったんだなぁと時の速さに驚いています。御命日の朝、大鐘を撞いた後で、坊守とともに本堂に座り手を合わせました。父が亡くなる半年前からは一日おきに坊守がス-プを作り、水筒に詰めてマキノまで運んでいたのが思い出されます。時には喜んで食べてくれたこと、時には熱が出てしんどそうな状態だったこと。父の状態の変化に、喜んだり不安になったりの私たちでした。一年という時間の経過はいろいろな場面での父との出会いを感じさせられるものでした。特に住職として用務を行うときや、家族との会話の中にも父のはたらきを感じるのです。いつも父はこんな時にはどうしただろうと思うとともに、父が何を大切にしていたかを知らされるのです。そして、私の考えの行き着く先は常に、父は偉大であったということと同時に、父は優しかったということです。
伊藤元先生の「ご法事を縁として」という本(東本願寺出版)には(「人はどんな力をもっているのか」や「どういう行いをしたのか」ということが重要だと思うかもしれませんが、もっと大事なことは、「どういう存在であったか」ということが大きいと思うのです。)とあります。亡き人の人柄も大切な思い出ですが、亡き人が自分にとってどのような存在であるのかということが改めて問われるのです。常に自分のことを願い続けてくれていた父であったということに頷けるのです。
今年の「和讃講」で恩徳讃を歌ったときに、小学2年生の子どもさんから次のような質問を受けました。「ねぇ 先生、骨を砕きても、謝すべし。ってどういうことですか」と尋ねられたのです。そのときは小学校2年生に分かるようにどう説明すべきかを考え、とっさに答えることができませんでした。改めて恩徳讃に触れると、「身を粉にしても・・・」「骨を砕きても・・・」という言葉に気づくのです。出遇ったことの大きさや尊さに気づく。その人の存在の大きさに出遇うということが、身を捨ててでも報ずることであると知らされたのです。
和讃講を行いました。
今年度の和讃講は7月22日(土)から始めました。7月21日(金)から小学校は夏休みに入りましたが、住職・坊守の所用のため、22日より始めました。毎年は土曜日・日曜日は「和讃講」はお休みにしていますので、本当に子どもたちが集まってくれるか坊守とともに、心配していました。
7時30分を過ぎた頃に、ひとり、ふたりと、子どもさんが集まってきて、和讃講を始めることができました。
まずは、仏さまとの「ごあいさつ」です。住職と一緒に声をそろえて「なんまんだぶつ」とお念仏を称え、「誓いのことば」を唱和します。正信偈の練習では、赤本を持って、しっかり声を出します。どの子も一生懸命にお勤めができました。
なんと言ってもお楽しみはゲ-ムの時間です。みんなが気に入ってくれたのは、「負けるじゃんけん」です。ややこしいですが、負けた方が勝ちということです。いつもは相手に勝とうとしますから、なかなか負けられないのです。日ごろの勝とうとする心が邪魔になるのです。子どもたちには「負けるじゃんけん」は気に入ってもらったようです。
即得寺の「和讃講」の目玉は、みんなで夏の宿題に取り組むことです。学習の時間になると机に向かい真剣に鉛筆を走らせています。
写真は和讃講の様子です。本堂いっぱいに子どもたちの声が響いていました。7月31日に昼食会を行い、準備をして下さった法話会の皆さんや総代の皆さんと楽しいひとときが持てました。
皆さんと一緒に大掃除をしました
春の彼岸会が勤まりました
春の彼岸会ご案内
ご門徒の皆様には日々報恩感謝の生活を送っておられることでしょう。さて、彼岸会を例年通り左記のように勤めますのでお参り下さい。
今年は三重県の藤本愛吉先生をお迎えして「いのちの願い」について御法話をいただきます。仏教では「いのち」をどのように捉えるのか、いのちに対してどんなことが願われているのかを先生のお話を通じて確かめる機会にして頂きたく存じます。
今年も、彼岸会を仏法に出遇うご縁として頂きたいものです。
記
日時 三月二十日(月)春分の日
午後二時より 午後七時三十分より
布教 藤本 愛吉 師(三重県)
講題 「いのちの願い」
場所 即得寺
真宗本廟両堂等御修復完了奉告法要に参拝しました
11月21日(月)に近江第26組北部会の住職・坊守さんとともに団体参拝しました。バスで和やかに話が弾むなかで、御本山前に到着しましたが、なんと、御本山前にはバス、バス、バスの行列ができており、なかなか降りることができません。やっと降りると、人、人、人の行列です。ちょうど10時からの音楽法要に間に合い、御影堂に入ろうとしましたが、廊下まで人でいっぱいで、入ることはできませんでした。
音楽法要は、エレクトーンの伴奏とともに、コーラスの歌声が御影堂の隅々まで響き渡り、ただただ感動いたしました。御影堂の縁には、報恩講の冊子と音楽法要の冊子が置いてあり、その冊子には曲目や歌詞が掲載されていました。その中に、「三帰依文」の和訳歌詞や「回向」の和訳歌詞をコーラスの歌声とともに目で追っていると、その言葉の深さに改めて出遇いました。
回向の和訳歌詞を紹介します。
願わくは 一切世界の人々と この出会いの喜びを
みな平等に分かち合い ともに仏になる心 発(おこ)して
阿弥陀みほとけの 安楽国に生(あ)れ 生きてはたらく身とならん
丸山公園で昼食を取り、午後からは東山の将軍塚にある青龍殿を訪れました。山頂から京都市内が一望でき、木々の紅葉と重なり、秋を満喫しました。心も胃袋も充実した一日でした。