今年の報恩講は12月8日からお勤め致します。報恩講の準備のために、3日(日)には同朋会の会員さんにご参加いただき大掃除を行いました。4日(月)には光華法話会・十四日講の皆さんにより「おみがき」を実施して頂きました。
7日(木)の午後からは総代さんにより、幕を張り華束(けそく)を積んでいただきました。写真は準備の様子です。皆さんのおかげで今年も報恩講を迎えることができます。ありがとうございます。二日目の、コーラスのみなさんによる音楽法要の準備も整いました。
「父の御命日を迎えて」
昨年の8月に私の実父が還浄し、一年が過ぎました。振り返ってみるともう一年がたったんだなぁと時の速さに驚いています。御命日の朝、大鐘を撞いた後で、坊守とともに本堂に座り手を合わせました。父が亡くなる半年前からは一日おきに坊守がス-プを作り、水筒に詰めてマキノまで運んでいたのが思い出されます。時には喜んで食べてくれたこと、時には熱が出てしんどそうな状態だったこと。父の状態の変化に、喜んだり不安になったりの私たちでした。一年という時間の経過はいろいろな場面での父との出会いを感じさせられるものでした。特に住職として用務を行うときや、家族との会話の中にも父のはたらきを感じるのです。いつも父はこんな時にはどうしただろうと思うとともに、父が何を大切にしていたかを知らされるのです。そして、私の考えの行き着く先は常に、父は偉大であったということと同時に、父は優しかったということです。
伊藤元先生の「ご法事を縁として」という本(東本願寺出版)には(「人はどんな力をもっているのか」や「どういう行いをしたのか」ということが重要だと思うかもしれませんが、もっと大事なことは、「どういう存在であったか」ということが大きいと思うのです。)とあります。亡き人の人柄も大切な思い出ですが、亡き人が自分にとってどのような存在であるのかということが改めて問われるのです。常に自分のことを願い続けてくれていた父であったということに頷けるのです。
今年の「和讃講」で恩徳讃を歌ったときに、小学2年生の子どもさんから次のような質問を受けました。「ねぇ 先生、骨を砕きても、謝すべし。ってどういうことですか」と尋ねられたのです。そのときは小学校2年生に分かるようにどう説明すべきかを考え、とっさに答えることができませんでした。改めて恩徳讃に触れると、「身を粉にしても・・・」「骨を砕きても・・・」という言葉に気づくのです。出遇ったことの大きさや尊さに気づく。その人の存在の大きさに出遇うということが、身を捨ててでも報ずることであると知らされたのです。
今年度の和讃講は7月22日(土)から始めました。7月21日(金)から小学校は夏休みに入りましたが、住職・坊守の所用のため、22日より始めました。毎年は土曜日・日曜日は「和讃講」はお休みにしていますので、本当に子どもたちが集まってくれるか坊守とともに、心配していました。
7時30分を過ぎた頃に、ひとり、ふたりと、子どもさんが集まってきて、和讃講を始めることができました。
まずは、仏さまとの「ごあいさつ」です。住職と一緒に声をそろえて「なんまんだぶつ」とお念仏を称え、「誓いのことば」を唱和します。正信偈の練習では、赤本を持って、しっかり声を出します。どの子も一生懸命にお勤めができました。
なんと言ってもお楽しみはゲ-ムの時間です。みんなが気に入ってくれたのは、「負けるじゃんけん」です。ややこしいですが、負けた方が勝ちということです。いつもは相手に勝とうとしますから、なかなか負けられないのです。日ごろの勝とうとする心が邪魔になるのです。子どもたちには「負けるじゃんけん」は気に入ってもらったようです。
即得寺の「和讃講」の目玉は、みんなで夏の宿題に取り組むことです。学習の時間になると机に向かい真剣に鉛筆を走らせています。
写真は和讃講の様子です。本堂いっぱいに子どもたちの声が響いていました。7月31日に昼食会を行い、準備をして下さった法話会の皆さんや総代の皆さんと楽しいひとときが持てました。
ご門徒の皆様には日々報恩感謝の生活を送っておられることでしょう。さて、彼岸会を例年通り左記のように勤めますのでお参り下さい。
今年は三重県の藤本愛吉先生をお迎えして「いのちの願い」について御法話をいただきます。仏教では「いのち」をどのように捉えるのか、いのちに対してどんなことが願われているのかを先生のお話を通じて確かめる機会にして頂きたく存じます。
今年も、彼岸会を仏法に出遇うご縁として頂きたいものです。
記
日時 三月二十日(月)春分の日
午後二時より 午後七時三十分より
布教 藤本 愛吉 師(三重県)
講題 「いのちの願い」
場所 即得寺
11月21日(月)に近江第26組北部会の住職・坊守さんとともに団体参拝しました。バスで和やかに話が弾むなかで、御本山前に到着しましたが、なんと、御本山前にはバス、バス、バスの行列ができており、なかなか降りることができません。やっと降りると、人、人、人の行列です。ちょうど10時からの音楽法要に間に合い、御影堂に入ろうとしましたが、廊下まで人でいっぱいで、入ることはできませんでした。
音楽法要は、エレクトーンの伴奏とともに、コーラスの歌声が御影堂の隅々まで響き渡り、ただただ感動いたしました。御影堂の縁には、報恩講の冊子と音楽法要の冊子が置いてあり、その冊子には曲目や歌詞が掲載されていました。その中に、「三帰依文」の和訳歌詞や「回向」の和訳歌詞をコーラスの歌声とともに目で追っていると、その言葉の深さに改めて出遇いました。
回向の和訳歌詞を紹介します。
願わくは 一切世界の人々と この出会いの喜びを
みな平等に分かち合い ともに仏になる心 発(おこ)して
阿弥陀みほとけの 安楽国に生(あ)れ 生きてはたらく身とならん
丸山公園で昼食を取り、午後からは東山の将軍塚にある青龍殿を訪れました。山頂から京都市内が一望でき、木々の紅葉と重なり、秋を満喫しました。心も胃袋も充実した一日でした。
うらをみせ おもてを見せて ちるもみじ (良寛)
10月に入り、朝夕に涼しさを感じる季節となりました。皆様には慈光のもと、御健勝にて仏恩報謝の日々をお過ごしのこととお慶び申し上げます。冒頭の句は良寛和尚の句です。先日、親戚寺院の十三回忌法要に参勤しました折に、そのお寺の御住職の御挨拶でこの句が紹介され、心に残りましたので今回の御挨拶に紹介いたします。
皆さんの地域の紅葉はどうですか。即得寺の庭の木々はまだ青々としており、紅葉までには、あと一ヶ月以上先のことと思えます。庭に出て、写真を撮りましたが、鮮やかな緑の葉を広げており、若々しさを感じます。
「うらをみせ おもてを見せて ちるもみじ」
この句は良寛和尚の「辞世の句」であるそうです。70歳を超えた良寛和尚は、老いの身の中で「死」を実感されたのだと思います。生涯にわたって寺を持たず、貧しいながらも清らかな生き方を通されました。そうした中で、多くの詩や歌を詠み、また、子供達と遊んだ時等の逸話から慈愛に満ちたお人柄が伝えられています。良寛の命が終焉に近づいた頃、良寛自身が詠んだ俳句であります。「うらをみせおもてを見せ」るとは、自分の本当は人に見せたくない部分も全て自分なのだということではないでしょうか。私は、自分の嫌な面や隠したい面を外に出すことはできません。しかし良寛和尚は、自分の裏も表も全てさらし出さなければ自らの人生を全うできないと示されているようです。あるがままに老い、あるがままに生きるということを教えられます。
親鸞聖人は「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、内に虚仮を懐けばなり。」と教えてくださっています。
例年恒例になっております一日研修会を会員の皆さまの参加を得て実施いたしました。当日は、河内会長様や役員の方々にお世話になり30名の皆さまと共に有意義な研修をさせて頂きました。
今回は教如上人の御旧跡である安八郡の光顕寺様と大垣の西圓寺様を訪問し、参拝いたしました。どちらの寺院でも御住職様の分かりやすい説明と教如上人への思いを語って頂き、岐阜の地で改めて教如上人のご苦労に出遇わせて頂きました。大切な寺宝、宝物を私たちのためにお出し頂き、準備をして待っていて下さったことに、ただただ感謝するばかりです。教如上人の御生涯は、常に戦と隣り合わせであったと感じますが、その教如上人を支える多くの念仏者がおられたことも事実であると感じました。特に土手組(どろてぐみ)の活躍や、身代わりとなり、自らの命をなげうって上人を護られた西園寺の当時の御住職にただ頭が下がるばかりです。今日、東本願寺を御本山とする真宗大谷派は教如上人によって開かれていますが、今回の研修でのお話を伺いますと、大変なご苦労と信念の上に大谷派が開かれたことを感じました。
芭蕉の「奥の細道むすびの地記念館」にも立ち寄り、俳諧の世界にも触れました。秋のさわやかな気候の中で、思い出に残る一日となりました。
今回の研修を終わって一句詠みます。
「上人の 願いに出遇う 美濃の秋」